大判例

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大分地方裁判所 平成6年(ワ)762号 判決

原告

有田博

ほか三名

被告

高橋道広

ほか一名

主文

一  原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは連帯して原告有田博(以下「原告博」という。)に対し、金二一一二万七四六七円及びこれに対する平成四年一二月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは連帯して原告有田五月に対し、金一七六万円及びこれに対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは連帯して原告有田哲則、同森田準代に対し、各金一三二万円及びこれらに対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告高橋明美(以下「被告明美」という。)が被告高橋道広(以下「被告道広」という。)の保有する普通乗用自動車(以下「被告車」という。)を運転して交差点を直進通過しようとした際、交差道路を右から左に自転車で通過しようとした原告博と衝突し、原告博が負傷した事故について、原告博と、その妻子であるその他の原告らが、被告明美に対して民法七〇九条に基づき、被告道広に対して自賠法三条に基づきそれぞれ損害賠償を請求したものである。

一  争いのない事実

1  交通事故の発生

日時 平成四年一二月二二日午前一〇時五五分ころ

場所 大分市乙津港町二丁目一番二七号

るりえ美容院先路上

態様 被告明美が被告車を運転して交差点を直進通過しようとした際、交差道路を右から左に自転車で通過しようとした原告博と衝突し、原告博が脳挫傷、脳室内出血、左足関節脱臼骨折、右腓骨骨折の重傷を負つた。

2  損害の填補

原告博は、本件事故に関し、任意保険から五三八万六四三六円(治療費九二万四二九二円、付添看護費四四六万二一四四円)、自賠責保険から二四二一万円の支払を受けた(合計二九五九万六四三六円)。

二  争点

1  被告明美の民法七〇九条に基づく過失の有無、被告道広の自賠法三条但書に基づく免責の可否

(原告らの主張)

原告博が本件交差点の歩行者用横断歩道を自転車で横断中、被告明美が前方注視義務を怠り、時速五〇キロメートル以上の速度で被告車を運転して原告博に衝突して本件事故を発生させたものであるから、被告明美には民法七〇九条に基づく、被告道広には自賠法三条に基づく損害賠償責任がある。

(被告らの主張)

(一) 被告明美が時速約五〇キロメートルの速度で信号機の設置されている本件交差点の手前まで進行し、対面信号が青であつたので、そのままの速度で進行したものであり、被告明美に過失はない。

(二) 被告車の右斜め前方には、同一方向に走行していた岩本良が運転する普通乗用自動車(以下「岩本車」という。)が進行しており、岩本車は、原告博が自転車で本件交差点を右から左に進行し始めたため、原告博がセンターライン付近まで進行したときに停車した。岩本車が右折するために徐行、停止することもあり得ることから、本件事故直前の岩本車の動静は、被告明美から見て何ら異常ではなかつた。被告明美は、岩本車が停止した途端に、岩本車の陰に隠れて見えなかつた原告博を発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、本件事故が発生したものである。被告車が時速五〇キロメートルの速度で進行する場合の最小停止距離は、二八・四メートルであるから、本件事故は不可抗力であつた。

(三) 原告博は、対面信号(歩行者用)が赤であるにもかかわらず、あえて本件交差点を自転車で横断しようとして本件事故にあつたもので、本件道路が交通量の多い幹線道路であることを考慮すれば、自殺行為と評価できるものであり、本件事故発生について、被告明美に過失はない。

(四) 被告道広には、運行供用者としての過失はなく、被告車に構造上の欠陥や機能上の障害はなかつたので、自賠法三条但書による免責を主張する。

2  損害(原告博につき、治療費、付添看護費、入院雑費、家屋改造費、紙オムツ代、診断書代、休業損害、逸失利益、傷害慰謝料、後遺障害慰謝料、弁護士費用。その他の原告らにつき慰謝料、弁護士費用。)

3  過失相殺

(被告らの仮定主張)

仮に被告らに損害賠償責任があるとしても、右1項で主張した本件事故態様によれば、本件事故における過失割合は、原告側が九〇パーセント、被告側が一〇パーセントである。

(原告らの主張)

本件事故態様からすると、本件事故における過失割合は、原告博が二〇パーセント、被告明美が八〇パーセントである。

第三争点に対する判断

一  証拠(甲一、三、四、乙四、証人岩本良、被告明美本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  本件事故現場は、別紙図面のとおり、両側に歩道の設置されている東西に伸びる片側二車線(両側四車線)の国道(以下「東西道路」という。)と、ほぼ南北に伸びるセンターラインのない幅員六メートル余りの道路との交差点であり、東西道路を本件交差点に向かつて東進する車両からは、本件交差点付近の見通しは良好である。本件事故現場付近の東西道路の制限速度は、時速五〇キロメートルである。また、本件交差点のすぐ西詰には、東西道路を南北に横切る横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)と、本件横断歩道上を通過する歩行者用の押しボタン式信号機が設置されている。右信号機は、東西方向に表示する赤、青、黄色の車両用信号機と、南北方向に表示する赤、青の歩行者用信号機とで構成されている。右信号機の表示は、押しボタンを押さない限り、東西方向の車両用信号機は常に青信号で、南北方向の歩行者用信号機は常に赤信号となつている。そして、押しボタンを押すと、東西方向の車両用信号機が青、黄、赤の順に表示が変わり、赤信号になると同時に、南北方向の歩行者用信号機が青信号となる。

2  本件事故当時、被告明美は、被告車を運転して東西道路の東行車線の外側車線上を時速約五〇キロメートルの速度で進行し、本件事故現場の手前約二四メートルの別紙図面の〈1〉地点(以下、別紙図面上の位置は、同図面記載の記号のみで表示する。)に差しかかつた。その際、被告明美は、進路前方にある本件横断歩道付近に設置されている車両用の対面信号が青色を表示しているのを確認した。そして、被告明美は、ほぼ同一速度のままで〈1〉地点から約九・九メートル先の〈2〉地点まで進行したところ、被告車の進路右前方約六・六メートルの東行車線の内側車線上の〈A〉地点に岩本車が東向きに停止しているのに気付くとほぼ同時に、岩本車の前方で、被告車の進路右前方約一五メートルの〈ア〉地点を南からほぼ北に向かつて自転車で走行している原告博を発見し、急ブレーキをかけたが、〈3〉地点(〈2〉地点から約一四・一メートル進行した地点)まで進行したところで、被告車の左前部が、〈ア〉地点から約二・八メートル先の〈×〉地点まで進行してきた右自転車と衝突した。

3  本件事故当時、岩本は、岩本車を運転して東西道路の東行車線の内側車線上を時速約五〇キロメートルの速度で進行し、〈A〉地点の手前約二六・八メートルの地点に差しかかつた。その際、岩本は、進路右前方約三五・八メートルの地点(本件横断歩道の南東角から約〇・九メートル東寄りで、歩道と車道の境目付近)に、自転車がほぼ北向きに停止しており、その運転者が尻を上げて東西道路に進入しようとしている気配を感じた。そこで、岩本は、岩本車の対面信号が青色を表示していたものの、減速し、〈A〉地点付近に停止した。その際、右自転車は、岩本車の進路前方約一〇・二メートルのセンターライン付近をほぼ北に向かつて岩本車の前を横切る形で走行しており、その後、右自転車は、約四・四メートル進行したところで、被告と衝突した。

二  被告明美の民法七〇九条に基づく過失の有無、被告道広の自賠法三条但書に基づく免責の可否について

前記一で認定したところによれば、本件事故当時、被告車の対面信号が青色を表示してはいたものの、被告車の進路前方には本件横断歩道が設置され、そのすぐ東側は被告車からは見通しの良い本件交差点となつていたうえ、被告車の隣接車線上の進路右前方を同一方向に走行する岩本車が減速した後、本件横断歩道の手前で停止したのであるから、被告明美が本件交差点を通過する際には、本件交差点付近の車両及び歩行者の有無、動静に充分注意し、とくに、被告車の右前方を走行する岩本車のために、右前方の見通しを妨げられる状況にあり、また、岩本車の減速、あるいは停止が本件交差点を右折するためだけではなく、岩本車が、その進路前方を通過しようとする車両、あるいは歩行者を認めたためであることも充分予想して運転すべきであつたにもかかわらず、対面信号が青信号であつたことに気を許し、岩本車の動静に対する注意が不十分なままで本件交差点を直進通過しようとして本件事故を発生させたものであるから、被告明美には民法七〇九条の過失があるといわなければならず、また、被告道広の自賠法三条但書に基づく免責の主張は理由がない。

三  過失相殺について

被告明美には、前記二で判示した過失があるが、他方、原告博についても、東西道路が制限速度時速五〇キロメートルで片側二車線の幅員の広い国道であることから、同道路上をある程度の高速度で通過する車両があることは充分予想される場所であつたうえ、原告博が進行しようとしたすぐ近くには、本件横断歩道上を通過する歩行者用の押しボタン式信号機が設置され、右信号機のうち、東西道路側の車両用の信号機が本件交差点のすぐ近くに設置されており、東西道路を本件交差点に向かつて接近してくる車両からは、右信号機によつて本件交差点自体の交通規制が行われていると誤解し易い状況になつているのであるから、車両用の対面信号が青色を表示している際に本件交差点を南北に通過する場合には、東西道路を走行してくる車両の有無、動静に充分な注意を払うべきであるにもかかわらず、岩本車が停止したのに気を許し、左方に対する注意が不十分なままで本件交差点を通過しようとし、しかも、原告博が、すぐ近くにある押しボタン式信号機を利用すれば、本件事故を容易に防ぐことができたと解されることの諸事情を考慮すれば、本件事故発生について、被告明美には四〇パーセントの、原告博には六〇パーセントのそれぞれ過失があると解される。

そうすると、原告らの主張する原告博の損害合計額六一〇二万九八七九円に右過失割合を適用した過失相殺後の金額は、二四四一万一九五一円(円未満切り捨て)となり、右損害は、争いのない損害填補額二九五九万六四三六円によつて全額填補されていることになる。

さらに、右に判示した原告博の過失割合、損害額、損害填補額、その他一切の事情を考慮すれば、原告博を除くその他の原告らの慰謝料の主張も採用できない。

したがつて、原告らが主張する弁護士費用を被告らに負担させるのも相当でない。

四  以上によれば、原告らの被告らに対する本訴各請求は、その余の点につき判断するまでもなくいずれも理由がない。

(裁判官 安原清蔵)

(別紙)

〈省略〉

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